2012年11月21日水曜日

虹の彼方に Over the Rainbow

先日、多田恵美子さんのJAZZピアノを聴く機会がありました。
いやほんと、軽く弾いているのです。強くても弾きすぎない感じですね。
ノリノリの演奏会でした。
上手な人はみなさん共通していますね。軽い。

フルートも吹きすぎないようにと心がけるのですが、特に高音域は軽く吹くと音が出ません。
ついつい強く吹き、音が硬くなり、あのフルートの柔らかい音色が上手く出ません。
フルート始めてもうすぐ4年になるのだから、そろそろコツをつかめてもいいのかと思うのですが、なかなか思うようにはいきません。
少しは上手くなったかなという実感を味わいたいものです。
思うようには行かないもんです。
いざ演奏を始めると、気分は乗っているのに、運指、歌口、呼吸のコンビネーションがうまく取れない。
これは加齢による運動感覚の衰えが原因なのか?
そう、加齢という言葉が出てくればもう対応の方法が見当たりませんので、この考え方は捨てることにしましょう。
何か練習方法が間違っているのか?
いや、ただただ練習不足かもしれません。

YouTube投稿20曲目。
当初の目標20曲投稿達成記念曲となりました。
楽譜「フルートで吹きたいジャズの名曲あつめました」から”虹の彼方に”です。
こんなの吹けたらいいのになと思い今年の初めに練習し始めたのですが、
ちょっと私の技量ではまだ早過ぎるのか、おたまじゃくしを追っかけるのも大変だ。
フラットが3つも付いている。
後半のリズムがまったく取れない。
だめだこりゃ。
という訳でお蔵入りしていたのですが、節目の20曲目ということで再度挑戦。
正直、後半のアレンジ部分では手こずりました。

映像は、曽爾高原のススキです。
天気も良くていい眺めでした。いつものように峰まで上りぐるりと一周。
最後には綺麗な虹も出て最高でした。
え、虹、ちょっと変ですか?。

この曲は、1939年のアカデミー歌曲賞を受賞したミュージカル映画『オズの魔法使』でジュディ・ガーランドが歌った劇中歌です。

作詞はエドガー・イップ・ハーバーグ(Yip Harburg)
作曲ハロルド・アーレン(Harold Arlen)

Over The Rainbow 

Somewhere over the rainbow
Way up high
There's a land that I heard of
Once in a lullaby
Somewhere over the rainbow
Skies are blue
And the dreams that you dare to dream
Really do come true
Some day I'll wish upon a star
And wake up where the clouds are far behind me
Where troubles melt like lemondrops
Away above the chimney tops
That's where you'll find me
Somewhere over the rainbow
Bluebirds fly
Birds fly over the rainbow
Why then, oh why can't I?
Some day I'll wish upon a star
And wake up where the clouds are far behind me
Where troubles melt like lemondrops
Away above the chimney tops
That's where you'll find me
Somewhere over the rainbow
Bluebirds fly
Birds fly over the rainbow
Why then, oh why can't I?
If happy little bluebirds fly
Beyond the rainbow
Why, oh why can't I?

虹の彼方に

虹の向こう側のどこか高い空の上に
いつか子守歌で聞いた国がある
虹の向こう側の空は真っ青で
そこでは、どんな夢もかなえられる
いつか私はお星様にお祈りするの
そして私が目をさますと
雲ははるかかなたに去っていて
そこでは悩みごとなんて
レモンドロップみたいに溶けてしまう
私のいるところは、つまり
煙突のてっぺんのずっとずっと上の方ってわけ
虹の向こう側のそこには青い鳥が飛んでいるの
鳥たちが虹を超えて飛んで行けるのなら
私にだって飛べるはず
幸せの小さな青い鳥たちが
虹を超えて飛んで行けるのなら
私にだってできないはずはない!

2012年10月23日火曜日

PRIDE

今井美樹の歌ったPRIDEです。
昔、家内が近くの高校生に今井美樹に似ていると言われて、どれほど似ているのかと思いLDを買ったのですが、何処がどう似ているのかわかりませんでした。
きっとその学生さんの思い過ごしでしょう。
しかし、そのLDはもう見ることが出来ません。
LDレコーダーは故障してしまい、新しく買うにも何処にも売っていないし、もはやこの世にLDレコーダーという物は存在しません。
そうです過去の遺物となってしまったのです。
見ることが出来ないLDが数十枚、捨てる事もできず、捨てられないレコードに混じって隠れているのです。
かって同じ職場でLDの映画を集めていた人がおられたのですが、今はどうしているのでしょうかね。

1996年 にヒットしたのでもう15年ほど前の曲になります。
今回はカラオケに合わせて吹いてみました。
作詞作曲は布袋寅泰。今井美樹の旦那です。
この曲がヒットして3年後の1999年に結婚しているそうです。

ちょうどこの頃、ぎっくり腰で動けなくなったのを思い出しました。


スライドは、近所や旅先の空を写したものです。


歌詞
私は今 南の一つの星を 見上げて誓った
どんな時も 微笑を絶やさずに 歩いて行こうと
貴方を想うと ただ切なくて 涙を流しては
星に願いを 月に祈りを 捧げるためだけに生きてきた
だけど今は 貴方への愛こそが 私のプライド
やさしさとは 許しあうことを知る 最後の真実
わがままさえ 愛しく思えたら ほんとに幸せ
貴方は私に 自由と孤独を 教えてくれた人
夜が来るたびに無口になって 震える肩を抱きしめていた
だけど今は 貴方への愛こそが 私のプライド
いつか私も 空を飛べるはず すっと信じていた
翼があったら飛んでいくのに 貴方の胸に今すぐにでも
見上げてみて 南の一つ星を 素敵な空でしょう
私は今 貴方への愛だけに 笑って 泣いている

2012年9月19日水曜日

シチリアーノ Sicilienne

Faure, Sicilienne

劇音楽「ペリアスとメリザンド」の第2楽幕への前奏曲です。
「ペレアスとメリザンド」の音楽は、フォーレ以外にクロード・ドビュッシー、アルノルト・シェーンベルク、ジャン・シベリウスなども作曲しています。
昔ウイスキーのコマーシャルで流れていたので、何となく聞き覚えのある曲です。
流れるように優しいメロディー、聴いていると心が安らぎます。
しかし練習しているとなかなか安らぐどころではありません。
なんでかな、なんでなんで、いい音出ないのかな。
これは楽器に問題があるのか、技量に問題があるのか?
またまた責任を楽器に転嫁しようとしている。

映像は家族で出かけた沖縄の写真です。
8月の末、台風15号が過ぎ去り14号が又沖縄に接近し、飛行機の着陸にも心配ししながらの旅行でした。
空港閉鎖解除直後とあって着陸待機の飛行機が多いため着陸態勢のまま20分程度空港周辺をぐるぐる観光遊覧。同じ料金で沢山乗れて得したと思えば・・・・・。
当然ながら飛行機が多いのは人も多い。
レンタカーを予約していたのですが、配車センターは気が変になるほどの人だかり。順番待ちの呼び出しアナウンスの声も聞こえません。
夏休み最後の週とあって子供も多く、それはそれはなんと賑やかなことでしょう。
ようやく車に乗り込みさあ出発。
時々にわか雨がある程度で全日ほぼ晴天。
青い空、白い雲、輝く太陽、そしてコバルトブルーの海。
沖縄そばにタコライス、ぜんざい。
うむうむ、なかなか、楽しい旅行でした。
そうだ、もう一つ思い出がありました。
今回のレンタカーは満タン返し不要の契約。
となると、何とか給油せずの返したいのは人の性。
最終日、名護市付近で残量計の針は残り2メモリ、この距離だと何とか持つだろう。
燃費を意識して高速道路を定速走行。しかし那覇手前で残量計が点滅。
渋滞さえなければ何とかなるだろうと思っていたら、前方でハザードランプが点滅。
まいったな、渋滞だ。
ひやひや、どきどき、車内はガヤガヤ、大変盛り上がり5時45分の返車予定時刻1分前になんとか配車センターに到着。
最後に疲れてしまった。



「ペリアスとメリザンド」の粗筋
第1幕
アルモンド王国の中年王太子ゴローは、森の中で長い髪の若く美しく泣いていメリザンドを見つけ、一目ぼれをしてしまい、城のつれて帰り嫁さんにするのです。
城につれて帰ると、メリザンドはゴローの弟で若き王子ペレアスと知り合うのです。
第2幕
仲良くなったペレアスとメリザンドは城の庭にある「盲の泉」でじゃれて遊んいるうちに、メリザンドはゴローからもらった結婚指輪をもて遊び泉の底へ落としてしまうのです。
メリザンドが指輪をしていないことにゴローは怒るのですが、メリザンドは「海辺で落とした」と嘘をついてしまうのです。
ゴローは狩で落馬し負傷し探しに行くことができないので、メリザンドにペレアスを同伴させて海辺を探すように告げるのです。
夜の海辺で乞食たちを見つけた時、ペレアスはメリザンドに色々優しく国の現状を説明するのです。
第3幕
メリザンドが、歌いながら髪を梳かしている姿をペレアスがうっとりしながら見つめて、その髪に触れている所をゴローに見つかりたしなめられるのです。
翌日ゴローはペレアスにメリザンドの妊娠を告げ、刺激を与えぬようあまり彼女に近づかないようにと警告したのですが、その晩メリザンドの寝室にペレアスが一緒に居る事を知るのでした。
第4幕
ペレアスは、このままではいけない明日遠くへ旅立つので、最後に今晩泉で会いたいとメリザンドに告げるのでした。
ゴローはペレアスとの仲が気に入らなくて、メリザンドの髪を引きずり回して呪いの言葉をかけ、なじるのでした。
メリザンドは、ああもうだめゴローを愛することが出来ないわ。
夜になり、泉で待つペレアスの元にメリザンドが現れて、ペレアスは愛の告白をすると、私も好きだと答えるメリザンド。・・・・・。
木陰の闇で抱き合う二人。
ゴローの我慢も限界。二人に斬りかかるのです。
ペレアスは死に、メリザンドも重傷を負ったのです。
第5幕
赤子を産んだ後、医者に看取られ死を待つのみのメリザンドに、ゴローは悔恨にくれつつも、ペレアスとの不義理の問い続けるのでした。
しかしメリザンドは、「許さなければないようなことは、思い浮かばない」などと受け答えをはっきりしないのです。別室へゴロー下がった時、メリザンドは誰にも看取られず、一人静かに息を引き取るのでした。
泣き崩れるゴローに老王アルケルは「今度はあれが生きる番だ」と小さな赤子を見せ、静かに幕が下りるのでした。

この第2幕の泉でペレアスとメリザンドがじゃれ遊ぶ時に流れているのがシチりアーノです。
綺麗な旋律の中に何となく侘しさを感じるのは、恋愛の楽しさとその悲しみを表しているのかも知れませんね。
と思いしや、この曲は「町人貴族」のために書かれたものを流用したそうです。でもこの劇のために編曲、いやいや再創造したに違いないでしょう。



2012年8月15日水曜日

A列車で行こう

 ジャズのスタンダード・ナンバーで、特に中高年には思い出の曲ですね。
青春の頃、そうです相当昔です。
ステレオの音量を一杯に上げて、さも自分が演奏しているかのように口ずさみスイングしながら聴いていたのを思い出します。

この曲はデューク・エリントン楽団のビリー・ストレイホーンが作詞・作曲しました。1941年2月15日にデューク・エリントン楽団の演奏でレコードが発売され、曲のタイトルにある「A列車」は、ニューヨーク市地下鉄の、ブルックリン東地区からハーレムを経てマンハッタン北部を結ぶ8番街急行 (A Eighth Avenue Express) の名称で、歌詞には、「(ジャズを楽しめる)ハーレムに行くなら、速く行ける "A"看板の電車にお乗りなさい」という意味がこめられているそうです。

ビッグバンドの管楽器が奏でる迫力のある曲のイメージが強くて、どうもフルートのリードでは伴奏に負けてしまうようで物足りない気もします。
知っている曲は簡単に思えて挑戦したのですが、なんのなんの口ずさみスイングするようには行きませでした。
♭が4つも付いていて、今までの曲の中で一番テンポが早いのです。
曲の前半はよく聴くフレーズでなんとか行けたのですが、後半はもう大変でした。
運指とアンブシュアと息のコンビネーションが取れず、まともに音が出ずパ・ピ・プ・ペ・ポ状態です。
何度この曲は辞めて次の曲にしようかと悩みましたが、ここで止めたら男が廃る。
何とか形にしなくてはなりません。
綺麗な音になるまで練習すると何時までかかるかわかりませんので、この当たりで妥協して録音です。

映像はどうしたものか?
ニューヨークまでA看板の地下鉄を撮影に行くにはちょと遠い気がしますので、近所の電車で間に合わせることにしましょう。
この電車ハーレムには行かないけれど、京橋や北新地に行くことが出来るのです。
夏の炎天下、カメラぶら下げ自転車で線路際の撮影ポイント物色。
通りすがりの奥さんがなんとなく見つめています。
帰ると子供に話しているかも”今日見かけないおっちゃんがうろついてたよ、用心しないとね”。
時刻表を見て電車を待つのも、色々思考を巡らし結構楽しいな。
”鉄ちゃん”の気持ちがなんとなくわります。


歌詞

You must take the "A" train
To go to Sugar Hill, way up in Harlem
If you miss the "A" train
You'll find you missed the quickest way to Harlem

Hurry, get on, now it's coming
Listen to those rails a-thrumming all aboard
Get on the "A" train
Soon you will be on Sugar Hill in Harlem

You must take the "A" train
To go to Sugar Hill, way up in Harlem

You must take the "A" train
To go to Sugar Hill, way up in Harlem
If you miss the "A" train
You'll miss the quickest way to Harlem

Hurry, get on board, it's comin'
Listen to those rails a-thrumming all aboard
Get on the "A" train
Soon you will be on Sugar Hill in Harlem

Harlem, boy
Next stop is Harlem

Next stop, Harlem
Come on, get aboard the "A" train

Get aboard
Next stop is Harlem
Take the "A" train

2012年7月13日金曜日

シシリアーノ

なんだかよく似た名前の曲がありますね、
シチリアーノにシシリアーノ。
今回の楽譜題がシシリアーノなので、そのようにしときます。
「シシリアーノ」とはイタリアのシシリー島で発祥した6/8拍子の踊りの曲だそうです。
パラディス Paradis, Sicilienne
フォーレ Faure, Sicilienne
バッハ Bach, Siciliana,BWV.1031
不詳 Siciliana, by anonymous(16c. Italy)
同じ題名でも作曲者違いも幾つかあり、ややこしいですね。
この曲は、バッハの「フルートとオブリガードチェンバロのためのソナタ」BWV1031Es durの2楽章だそうです。
ゆっくりとした柔らかい旋律、いいですね。
どうしたらこんな曲作れるのでしょうかね。
特に中盤のおたまじゃくしが連なり上下にゆっくり波打つところは、いい感じ。
でもいい感じのところは、聴くのは優しいけれど吹くのは難しい。
なかなか流れるようには・・・パピプポペ。
まあ何時ものように、この辺で妥協します。



写真はスペインのバルセロナです。
イタリアとは海を挟んでお向かい同士。
ほぼ緯度も同じなのでまあよく似たもんでしょう。

グエル公園とサグラダ・フャミリア。
カウディーの作品で、あまりのも有名です。
グエル公園は、グエル伯爵がパリ万博でガウディーの作品が気に入りスポンサーとなり、ガウディーに依頼して、自然と調和した町作りをしたのですが、あまりのも奇抜すぎて、だれも見向かなかったようです。
途中まで作ったところでグエル伯爵が亡くなり市に寄付されたそうです。
当時、市も変なもの寄付されて困ったんでしょうね、
こんなもん公園にでもするかないな。
と言ったかどうかはわかりませんが、今は有名な公園となっています。

サグラダ・フャミリアは、バルセロナにあるカトリックの教会です。
1882年から工事が始まっているらしいですが、当初は別の建築家が請け負っていたようです。
その建築家は喧嘩してやめてしまい、グエル公園などで徐々に名前が知れてきたガウディーが、まったく新しく作り直して後を引き継いだそうです。
しかし、残念ながら1926年市電と接触して亡くなりました。
ガウディの設計は当時の力学計算の範囲を超越した弾性理論の上になり立っていました。
しかしその図面はスペイン内戦で多くが焼失してしまいました。
残った図面とデッサンだけで、その後工事を続けるかどうかもめたそうですが、その資料を元に設計構想を推測しながら今も工事が進んでるそうです。
工事職人は世界中から来ているようで、日本からも行っているようですね。
工費は寄付でまかっていたため、工事期間は300年はかかると言われていたのですが、観光客が増え儲かっているので2025年ごろ完成するそうです。

ところで今の主任建築家は誰?。



2012年6月18日月曜日

ダニーボーイ


なんとなく懐かしさを感じる曲ですね。
楽譜には「ダニー・ボーイ」となっているのですが「ロンドンデリーの歌」とどう違うのか定かではありませんね。
「ロンドンデリーの歌」(Londonderry Air) はアイルランドの民謡で、アイルランドでは広く親しまれる民謡の一つとなっています。
様々な歌詞によって歌われていますが、「ダニー・ボーイ」が有名なようですね。
よく耳にする曲です。



この曲はフルート始めたころ少し練習したことがあったので、始めやすかったのですが、どうもキイが少し高くて「ロンドンデリーの歌」のイメージが湧きません。
そうなんです、この曲は「ダニー・ボーイ」なのです。
楽譜監修の中野真理さんが高い音が好きなのか、原曲がこのキーなのか判りません。

初めてのYOUTUBEへの投稿は2011年6月14日。
1年間で15曲。これは多いのか少ないのか?
この調子で行けば5年で70曲を超えるかもしれない。・・・・多分無理だろう。
加齢と共に学習能力がどんどん低下している。
しかし、どうにもならないことは横においていて、年内目標20曲に目指してがんばるのです。

スライドの写真は、今年の5月末に房総半島に出かけたときのものです。
日本全国ほぼ出かけているのですが、ここだけが未だ行っていなかったところです。
関西からは、房総半島は何となく行きにくいところです。
東京を通って行かなくてはならないので、それだけでどうも色々抵抗を感じます。
ちょうど夕方に首都高速に差し掛かったのですが、案の定、車、車、車。
しかもカーブが多いこと、どっちに行くのよ、ナビ君、あなただけ頼りですよ。
ナビ君の言われるままに車を走らせ、おお、これが東京タワーか、ベイブリッジだ、左奥に東京スカイツリーが見える、右手はデズニーランドだ。
あっという間の東京見物。なんとか首都脱出。
成田空港を右に見て真直ぐ進んで潮来に到着。
さあここから房総半島の始まりだ。
房総半島はなかなかいい所でした。
近くなら度々訪れたいですね。


作詞:フレデリック・ウェザリー F. D. Weatherly

Oh Danny boy, the pipes, the pipes are calling
From glen to glen, and down the mountain side
The summer's gone, and all the roses falling
'Tis you, 'tis you must go and I must bide.
But come ye back when summer's in the meadow
Or when the valley's hushed and white with snow
'Tis I'll be here in sunshine or in shadow
Oh Danny boy, oh Danny boy, I love you so.

But when ye come, and all the flowers are dying
If I am dead, as dead I well may be
You'll come and find the place where I am lying
And kneel and say an "Ave" there for me.
And I shall hear, tho' soft you tread above me
And all my grave will warmer, sweeter be
For ye shall bend and tell me that you love me
And I shall sleep in peace until you come to me.

日本語詞:なかにし礼

1 おおダニーボーイいとしきわが子よ
  いずこに今日は眠るいくさに疲れた体を
  やすめるすべはあるかおまえに心を痛めて
  眠れぬ夜を過ごす老いたるこの母の胸に
  おおダニーボーイおおダニーボーイ帰れ

2 おおダニーボーイ いとしきわが子よ
  たよりもすでに途絶えはるかなその地のはてにも
  花咲く春はくるか祖国に命をあずけた
  おまえの無事を祈る老いたるこの母の胸に
  おおダニーボーイおおダニーボーイ帰れ

2012年6月4日月曜日

イパネマの娘


14曲目、イパネマの娘。
1962年に作られた代表的なボサノバです。
作曲 Antônio Carlos Jobim アントニオ・カルロス・ジョビン
作詞 Vinicius de Moraes ヴィニシウス・ヂ・モライス
ブラジルのリオデジャネイロ市内にあるイパネマ海岸の娘を歌っています。

よく聴く曲なので、簡単と思いしや、いやいや今回もてこずりました。
後半の高音域はなかなか音が続きません。
幾つか前打音が付いているのですが、無視しています。
無視と言うより、私の現技量ではなかなか吹けないのですね。
納得のいくまで練習をしていると、何時までも次の曲に移れません。
この辺りで妥協です。

映像は今年4月に撮影。
兵庫県の竹野海岸です。
ちょっとイパネマ海岸のイメージと違うかな?。
でも海を渡れば、南半球イパネマ海岸のたどり着くことでしょう。


 先日、正岡子規の話を聴く機会がありました。
講師は子規の妹、津のお孫さんで正岡明さん。
子規には子供がいなかったのですが妹の津が従兄弟を養子に取ったそうです。
なかなか気さくな方で、子規や津のこと、また秋山真之の手紙など当時の資料で色々お話を伺いました。
正岡明さんは樹木医で造園が本職。
奈良の「子規の庭」を設計施工されたそうです。

子規の号は彼が喀血し、これじゃあホトトギスじゃないかと自らホトトギス(子規)としたそうです。
この話からでも、彼の性格が伺えるような気もします。
病気との付き合いかたが子規を生んだのかもしれませんね。

子規の死生観の中で、「余は今まで禅宗のいわゆる悟りということを誤解していた。悟りということはいかなる場合も平気で死ぬことかと思って居たのは間違いで、悟りということはいかなる場合でも平気で生きていることであった。」また、「生きている間は常に希望があり、希望が零となるとき、釈迦はこれを涅槃(ねはん)と言う。」と言っています。
生きている間は常に希望があるのですね。

ウムウム・・・、生き方考えさせられます。
希望を捨てず練習に励まなくてはなりません。


歌詞
Garota de Ipanema

lha que coisa mais linda, mais cheia de graça
É ela menina que vem e que passa
Num doce balanço, caminho do mar
Moça do corpo dourado, do sol de Ipanema
O seu balançado é mais que um poema
É a coisa mais linda que eu já vi passar
Ah, porque estou tão sozinho
Ah, porque tudo é tão triste
Ah, a beleza que existe
A beleza que não é só minha
Que também passa sozinha
Ah, se ela soubesse que quando ela passa
O mundo sorrindo se enche de graça
E fica mais lindo por causa do amor
Por causa do amor
Por causa do amor
Amor

「イパネマの娘」

なんてきれいな娘なんだろう
スイングしながら海辺を歩いてゆくよ
イパネマの太陽のように黄金色の肌
彼女の歩く姿は一遍の詩のよう
ここを通り過ぎる誰よりも美しい
なぜ僕はひとりぼっちなんだろう
なぜこんなに悲しいんだろう
あの美しい娘は僕のものじゃない
ただ通り過ぎていってしまうんだ
彼女は知っているのだろうか
彼女が通り過ぎると世界中が微笑み
愛の力で輝くということを



 

2012年4月24日火曜日

夢のあとに Après un rêve Op.7 No.1


今回の曲は、楽譜「フルートのしらべ」から”夢のあとに”です
この曲は、この楽本では難易度A。”愛のあいさつ”より易しいはずです。
しかし、どうもこの難易度は何を基準にしているのか?
私にはこの曲の方が手間取りました。

この曲は、フォーレが20歳の時に作曲したそうです。
歌詞は、イタリア、トスカーナ地方に伝わる詩を、ロマン・ビュッシーヌ(Romain Bussine/1830-1899)がフランス語に翻訳したそうです。

Dans un sommeil que chamait ton image,
Je rêvais le bonheur, ardent mirage.
Tes yeux étaint plus doux, ta voix pure et sonore,
Tu rayonnais comme un ciel éclairé par l'aurore;

Tu m'appelais et je quittais la terre
Pour m'enfuir avec toi vers la lumiére.
Les cieux pour nous entr'ouvraient leurs nues,
Splendeurs inconnues, lueurs divines entrevues

Hélas! Hélas, triste réveil des songes,
Je t'appelle, Ô nuie, rends-moi tes mensonges,
Reviens, reviens radieuse,
Reviens, Ô nuit mystérieuse!


歌詞
夢の中にあなたの美しい姿があった
私の幸福の夢
燃え上がる幻影
あなたの瞳はとても美しく、声は澄んで響いていた
あなたは輝いていた
暁に照らされた空のように

あなたは私を呼び私は地上を離れた
二人して光のかなたに逃れるために
空は私たちのために 天空の扉を開き
見たこともない麗しさ
神から微かな光が見えた

ああ、ああ、なんという悲しき目覚め
私は呼ぶ、おお夜よ あの人の幻影私に返して
もう一度 もう一度 輝かしておくれ
もう一度 おお謎に包まれた夜よ


 俗っぽく内容を解釈いたしますと、
夢の中で、すごく可愛い女の子とうまくいきそうになったのですが、ええとこで目が覚めてしまった。
ほんま、ええとこやったのになあ~。続きみたいな~。
少し俗っぽすぎますね。

写真は先日出かけた乗鞍高原で撮ったものです。
その時の話を少し。

2012年4月17日
どこか行くとこ無いかとネットで検索。
休暇村乗鞍高原、乗鞍にはよく出かけるのですが、ここはまだ泊まっていない。
シーズン中は人気があり何時も満員。
この時期、スキーが終わり残雪があり、花の季節にも少し早くお客が少ないためか。
インターネット特別企画。1泊2食、馬サシ付きバイキング。7000円。
よしこれだ。早速予約。
2012年4月18日
7時30分出発。快晴。
何時もながら遊びに出かけるときは、朝の早いのは気にならない。
高速で行くか、一般道でいくか、年金生活少しでも安いのにはこしたことはない。
しかし行きは、早く着き少し散策もしてみたい。ウムウム高速にするか。
しかし、燃費を考えて90-100km/h走行。
名神から東海北陸道、高山から安房峠を超えて乗鞍高原まで約340km。
距離的には1日で走るのは手ごろな距離だ。
乗鞍高原には1時30分ごろ到着。
空いている。
誰もいない。
観光センターの大きな駐車場には数台の車しか止まっていない。
一之瀬に行ってみよう。
誰もいない。
一之瀬の散策コースを歩くことにした。長靴持参は正解だった。

長靴
歩道には残雪があり、聴こえるのは、風の音、雪を踏みしめる音、小鳥の囀り。
青く澄んだ空、ぽつんと浮かぶ小さな白い雲、白銀に輝く乗鞍岳。
なんだろうこの気分。体の芯から何かが抜けていく感じだ。
最高だ!!。
進むにつれて雪が深くなりスノーシューでないと難しい、
長靴では限界だ。
キャンプ場で引返すことにした。
車に戻るまで誰とも出会うことはなかった。
時計を見ると3時過ぎ、早めのチエックインだ。
休暇村の駐車場には、もう数台停まっている。連泊の人なのか。
ロビーは静かだ。閑散としている。
先ずは風呂だな。
内湯と露天風呂の2箇所。このお風呂の作り、少し古いな。
内湯には、一見ヨーロッパ系の20代前半と30代前半の2人組。
どうも兄貴風を吹かして、弟分に説教している感じだ。
ぼそぼそ英語でしゃべっている。
なんだか落ち着かない、露天風呂に行こう。
先客が1人。会話も無く、おっさん2人で浸かっている。
湯も適温、風がさわやかで気持ちがいい。
内湯にもどるとまだ話している。
体を洗っている間、ぼそぼそ英語が気になる。
ちょと静かにしろと言いたくなるぐらいだ。
空いているのでその声がよく響く。


風呂上りのビールを買って部屋に戻り乾杯。
体中に浸み込んでいく、なんともいえない爽快感。アッ~うまい。
もう夕食の時間、1泊2食7000円の夕食バイキング。
この値段にして、この内容、得した気分だ。
でも中高年向けに野菜中心だな。
お客は10組ぐらいかな、ぐるりと見渡しても私が若い方だ。
最後にフルーツ、アイスクリーム、ケーキにコーヒー。
ほろ酔い気分で、部屋に戻り、フハーと言って、ごろんと横になったらすぐ爆睡。
夜中に目が覚め自宅と勘違い、あれ、そうかここは乗鞍だ。
お水を飲んでまた爆睡。
もう朝だ。
朝風呂入って、朝食だ。
夕べあれだけ食べたのに、旅先ではこうも食べれるものなのか。
腹ごしらえもできた、早めに帰るとしましょうか。
帰りは、高山からせせらぎ街道で郡上八幡、さくら街道で美並にまで一般道。
さくら街道の花吹雪はもう最高ですね。
米原から湖岸道路で石山まで一般道。
琵琶湖湖岸で散策、野鳥が忙しそうに餌をついばんでいる。
のんびり、のんびり。

2012年3月28日水曜日

美女と野獣 Beauty And The Beast


 ちょと最近は目標を失っているようで、なかななフルートに力が入りません。
3年間は続けようという一つの目標が達成されたからかもしれません。
大きな原因は、なかなかいい音が出ないことですね、
これを解決するには練習しかないのですが、どうも上手くいきません。

こういう時は少し間を置くことにしよう。

少し暖かくなって来たので、気になっていた東側の塀工事を開始。
今回は、やや形が複雑なので少し手間がかかりました。
しかし、素人にすればなかなかの出来栄え。
うむうむ、自画自賛!。




という訳で、フルートの練習時間が短くなり、
ようやく12曲目完成です。

今年はウォルト・ディズニー 生誕110周年記念だそうです
それを記念して、ではないのですが、今回は美女と野獣に挑戦。
誰が美女で、誰が野獣なのか?。

今回の曲は後半に高音域が多く、特に高音域の’ミ’がなかなか上手く出ません。
中音域の’ファ’からの移行するときに苦労しました。
そこの小節だけなら、何とか音は出るのですが、
いさピアノに合わすともうパピプペポです。

写真は、今年の一月に旅行したカンボジアのシルバーバコダです。

美女と野獣 『Beauty and the Beast』
作詞 HOWARD ASHMAN
作曲 ALAN MENKEN

 歌詞
Tale as old as time
True as it can be
Barely even friends
Than somebody bends
Unexpectedly

Just a little change
Small, to say the least
Both a little scared
Neither one prepared
Beauty and the Beast

Ever just the same
Ever a surprise
Ever as before
Ever just as sure
As the sun will arise

Tale as old as time
Tune as old as song
Bittersweet and strange
Finding you can change
Learning you were wrong

Certain as the sun
Rising in the east
Tale as old as time
Song as old as rhyme
Beauty and the beast.

多くの御人は仕事の魔法にかけられ、野獣と化しているようです。
早くその魔法から解放されて、優しい王子様にもどりましょう。

こんな音でYOUTUBEに投稿するのは・・・と思いますが、
他のフルート初心者に勇気付けできるものと確信するしだいです。





2012年2月16日木曜日

早春賦

今年は少し寒さが厳しいようです。
東北や日本海側は大雪が続いています。
高齢の1人住まいの方は雪下ろしが大変でお困りのようです。
私ももう少し体力があれば、雪下ろしボランテイアにも参加したいところです。
先日久しぶり、そですね10年、いや15年ぶりかな、スキーを始めた頃よく出かけたスキー場に行きました。
あれ、あれ何だ。ちょっと怖いな。
なかなか勘が戻りません。
それより脚力、体力が・・・・・。

 フルートを始めて2月23日で3年が経過いたします。
これも、暖かいご声援で私を支えてくれる、一部の皆様のおかげです。
一部の皆様、本当にありがとうございます。

3年すれば何とかなるだろうと思っていたのですが、なかなかそんなに容易くありません。
高校生が吹奏楽部に入り卒業する頃には相当上達していると思うのですが、
同じ3年でも、どっこいそうは行きません。
年の差なのか、努力の差なのか、心構えの差なのか。
もう少しいい音が出ないものかと悩んでいます。
最近、フルート教室が恋しくなってきました。



 唱歌『早春賦』は、大分県臼杵市出身の作詞家吉丸一昌が、厳しさに耐え春を待つ安曇野をうたったものと言われています。
作曲は中田章で2006年から2007年にかけて文化庁と日本PTA全国協議会が選定した「日本の歌百選」に選ばれています。

歌詞
春は名のみの 風の寒さや
谷の鶯 歌は思えど
時にあらずと 声もたてず

氷融け去り 葦は角ぐむ
さては時ぞと 思うあやにく
今日も昨日も 雪の空

春と聞かねば 知らでありしを
聞けば急かるる 胸の思いを
いかにせよとの この頃か

中野真理監修「フルートのしらべ」より
写真は、いつもの散歩コースで見つけて早春です。
安曇野には及びませんが、「春は名のみの 風の寒さや」でした。



2012年1月28日土曜日

小川理子jazz演奏会

午前中、電話がかかってきました。
今日の昼から何か予定はありますか?。
何か予定といっても、いつもの日課だけ。
煮え切らない返事をしていると、jazz演奏会があるので来ませんかのお誘い。
え、jazz演奏会。はい、ぜひ行きます。
なんと勝手な、好きなことにはすぐに飛びつくこの性格。

小川理子、正直なところ知りませんでした。
始めにトークがあり、パナソニックで色々音響の研究開発をしていたとか、音響心理、音響生理を基盤とした音響機器の研究開発していたとか。
会社員の趣味の演奏かと思っていたのですが、いやいや違っていました。
演奏が始まると、こりゃほんまもんですがな、軽快なストライド奏法。ノリノリです。
しかも譜面なんかありゃしません。
最後のアンコールでは、観客からお題を3題頂、その題で即興を奏でるという、
まあなんと恐ろしいことを簡単にしてしまう。
最前列で聴かせてもらいました。
ピアノから3mぐらいの距離です。
金色のラメが入ったヒールでリズムを取る音まで聞こえる距離でした。
ピアノの音が違うのです、時々聴くピアノとね。

CDを即売してその売り上げを東日本震災に寄付しているとか。
私もCD買ってサインをもらいました。


小川理子オフシャルサイトhttp://www.riko-ogawa.net/

その演奏会はあるサークルが企画しているみたいで、
その会場は某記念館。
何気なくホールにはたくさんの絵画が・・。
ルノアール、本物だそうです。
グランドピアノが一台。
この日のために5時間かけて調律したようです。
これはいったい何処メーカーのピアノなのだろう。
中をのぞきもむと何やら英語の文字が、STEINWAY&SONG。
なんだか高そうだな。
ネットで調べると、え、ななんと、1500万円。
でもこれを買った頃は今よりドルが高かったので、3000万円ぐらいはしたにかも?

今日はいい一日でした。
1000円の会費でいい音楽を聴き、
お茶やお菓子までよばれて、
楽しみました。
また声かけてください。

2012年1月13日金曜日

川の流れのように

昨年末、久しぶりに釣りに出かけまずまずの釣果。帰り知人が財布を紛失すも、警察に届けるとその場に取得者が現れその場で解決。
今年の最後もいいことばかりと思い新年を迎える。
さて今年はどうかな。
一年の計は元旦にあり、散歩運動がてら初詣。
往復15km、ちょっと散歩には距離があったかも。
参拝済ませて、境内で厄除けぜんざい頂こうか。
何を考えていたのか受け取る時に手がすべり、その場にぶちまける。
ああ、どうなっているのお賽銭の上げてきたのに、神様いったい何に考えているの。
ほんま、手は熱い思いをするし、心は寒い思い。
神様の注意しなさいとの警告かも。
今年は、川の流れのようにこの身をまかせ淡々と行きますか。

川の流れのように
1989年1月11日に日本コロムビアより発売。美空ひばりの最後に発表されたシングル作品です。
ひばりはそれから僅か半年余りの同年6月24日、52歳で死去し、この曲は遺作となりました。
作詞は秋元康、作曲は見岳章。
秋元康は当時ニューヨークに在住しており、ニューヨークの、イーストリバーを眺めながら「カフェ・ランターナ」というカフェで作詞したそうです。

歌詞
知らず知らず 歩いて来た
細く長いこの道
振り返れば 遥か遠く
故郷が見える
でこぼこ道や 曲がりくねった道
地図さえない それもまた 人生
ああ 川の流れのように
ゆるやかに
いくつも時代は過ぎて
ああ 川の流れのように
とめどなく
空が黄昏に染まるだけ
生きることは 旅すること
終わりのないこの道
愛する人 そばに連れて
夢探しながら
雨に降られて ぬかるんだ道でも
いつかは また 晴れる日が来るから
ああ 川の流れのように
おだやかに
この身をまかせていたい
ああ 川の流れのように
移りゆく
季節 雪どけを待ちながら
ああ 川の流れのように
おだやかに
この身をまかせていたい
ああ 川の流れのように
いつまでも
青いせせらぎを聞きながら


映像は時々散歩に出かける宇治川沿いです。
天瀬ダムのすぐ下流つり橋から北側川沿いを下り宇治橋東詰。
橋を渡り平等院表参道を通り宇治川中州、南側川沿いを上りつり橋まで約4km。
ちょと歩くのにはいいコースです。

カラオケはyoutubeからダウンロード。
しかし持ち合わせの楽譜とはキーが合いません。
どうしたものか?
スコアメーカーで楽譜を適当に変調。
うむうむこんなもんか何となく合っているな、
音楽っておもしろいな。

え、合っていない?